時計のオーバーホールとは?内容や頻度、費用をプロが解説

こんにちは。はらじゅく時計宝石修理研究所、店長の天野 一啓です。
「時計のオーバーホールとは、具体的に何をする作業なのか?」「料金や期間はどれくらいかかるものなのか?」
このページをご覧のあなたは、大切にしている時計のメンテナンスについて、このような疑問をお持ちではないでしょうか。
時計は精密機器であり、長く使い続けるためには定期的なケアが欠かせません。しかし、専門用語も多く、必要性がいまいちピンとこないという方も多いですね。実は、オーバーホールをするかしないかで、時計の寿命は数十年単位で変わってきます。
そこで今回は、修理のプロである私が、時計のオーバーホールの意味や推奨される頻度、そして2025年現在の相場について、わかりやすく解説していきます。

- 修理とオーバーホールの決定的な違いと目的
- 分解掃除の具体的な工程とメンテナンスの必要性
- 機械式とクォーツ時計それぞれの推奨頻度
- 最新の費用相場と信頼できる依頼先の選び方
精密機器における時計のオーバーホールとは何か
「オーバーホール」という言葉を耳にすることはあっても、実際にどのような作業が行われているかを知る機会は少ないかもしれません。まずは、その定義と目的について、時計内部の仕組みや工学的な観点に触れながら解説します。
修理とオーバーホールの決定的な違い
よく混同されがちですが、「修理(Repair)」と「オーバーホール(Overhaul)」は、その目的において決定的な違いがあります。
修理とは、動かなくなった時計を動くようにしたり、ガラスが割れた部分だけを交換したりする「対症療法的な処置」を指します。いわば、怪我や病気になってから治療する外科手術のようなものです。これに対してオーバーホールは、時計がまだ元気に動いているうちにコンディションを整える「予防医学的なメンテナンス」です。

時計の内部では、100個〜数百個もの微細な金属部品が複雑に噛み合いながら運動エネルギーを伝達しています。これらの部品同士の摩擦を最小限に抑えるために「潤滑油」が注油されていますが、この油は人間でいう「血液」のような役割を果たしています。
時間が経つとこの油は劣化・乾燥し、役割を果たせなくなります。オーバーホールの本質は、単に洗うことではなく、この「血液(オイル)」を新鮮な状態に入れ替え、部品の磨耗を未然に防ぎ、時計本来の寿命を全うさせることにあります。

ポイント:
オーバーホールは「壊れてから直す」のではなく、「壊さないために行う」健康診断のようなものです。不具合が出てからでは、すでに手遅れ(高額修理)になっているケースが少なくありません。
分解掃除と呼ばれる工程の具体的内容
日本ではオーバーホールを「分解掃除」と訳すことがありますが、その作業内容は単なる掃除の枠を超え、時計を「再生」させるプロセスと言っても過言ではありません。専門の工房では、熟練の職人が以下の手順で作業を行います。

1. 分解(Disassembly)
まず、時計のケースからムーブメント(機械体)を取り出し、針や文字盤を外します。その後、1mm以下のネジ一本、歯車一枚に至るまで、ムーブメントを最小単位まで完全に分解します。この際、顕微鏡を使って部品一つひとつの摩耗状態を厳しくチェックします。
2. 洗浄(Cleaning)
分解された部品は、素材や汚れの種類に応じて専用のバスケットに分類されます。これを4槽式などの業務用の超音波洗浄機にかけます。特殊な洗浄液と超音波のキャビテーション効果により、こびりついた古い油汚れや、肉眼では見えない微細な金属粉を徹底的に除去します。
3. 注油(Lubrication)
洗浄・乾燥を経た部品を再び組み立てていきますが、ここが職人の腕の見せ所です。時計内部には、高速で動く部品や強い力がかかる部品など、場所によって役割が異なります。そのため、粘度や特性の異なる3〜6種類以上のオイルを使い分け、顕微鏡下で最適な量を注油します。
4. 調整(Adjustment)
組み上がったムーブメントは「タイムグラファー」という測定器にかけられます。テンプの振り角や日差(1日の進み遅れ)を測定し、緩急針などを微調整して、メーカーの出荷時スペックと同等の精度が出るように追い込みます。
実施すべき推奨頻度と適切な時期
では、具体的にどれくらいの間隔でオーバーホールに出すべきなのでしょうか。時計の駆動方式(ムーブメントの種類)や使用頻度によって異なりますが、一般的には以下のサイクルが目安とされています。

| 駆動方式 | 推奨頻度 | 理由とメカニズム |
|---|---|---|
| 機械式時計(自動巻き・手巻き) | 3年〜5年に1回 | 強いトルク(力)がかかるため部品の摩耗が早いこと、およびオイルの自然劣化(酸化・揮発)が進む目安の期間であるため。 |
| クォーツ時計(電池式) | 4年〜6年に1回 | 機械式に比べて歯車への負荷は軽いが、油の乾きによる消費電流の増加や、電池液漏れのリスクが高まるため。 |
| コーアクシャル(オメガ等) | 8年〜10年に1回 | 「摩耗を極限まで減らす」特殊な脱進機構造によりメンテナンスサイクルが長い。ただしパッキンの劣化は防げない点に注意。 |
一般社団法人日本時計協会などの業界団体も、時計を長く使用するためには定期的な点検・調整が必要であると提唱しています(出典:一般社団法人 日本時計協会)。
「まだ動いているから」といって5年、10年と放置するのは非常に危険です。オイルが乾いた状態での稼働は、部品にとって寿命を削る行為そのものだからです。
メンテナンスを放置するリスクとデメリット
「費用がかかるから」「忙しいから」とメンテナンスを先延ばしにしてしまう気持ち、とてもよくわかります。しかし、これを放置することには、修理代金以上の経済的リスクが潜んでいるのです。

内部部品の摩耗と「スラッジ」の発生
オイルが切れた状態で時計を使い続けると、金属部品同士が直接擦れ合います。すると、摩擦によって微細な金属粉が発生し、これが残った油と混ざって「スラッジ」と呼ばれる黒いヘドロ状の汚れになります。このスラッジは研磨剤のように作用し、大切な歯車の軸や噛み合い部分を急速に削り取ってしまいます。
防水性の喪失とサビの発生
機械内部だけでなく、ケースの気密性を守る「ゴムパッキン」も経年劣化で硬化し、ひび割れを起こします。こうなると、水につけなくても、汗や空気中の湿気が内部に侵入し、ムーブメント全体を錆びさせてしまいます。
こうなってしまうと、オーバーホールの基本料金だけでは済まず、多数の部品交換が必要となり、修理費用が2倍、3倍に跳ね上がることも珍しくありません。放置することの恐ろしさについては、以下の記事でも詳しく解説しています。
▶ 10年間オーバーホールしなかった時計はどうなってしまうのか?
クォーツ時計にもオーバーホールは必要
「電池交換さえしていれば一生使える」と思われがちなクォーツ時計ですが、実はこれも大きな誤解です。
クォーツ時計にも、針を動かすための歯車(輪列)がしっかり存在します。機械式ほど強い力はかかりませんが、長年使用すれば油切れを起こし、動きが重くなります。すると、時計は無理に動こうとしてモーターに強い電流を流すようになり、「電池の減りが異常に早くなる」「時間が遅れる」といった症状が現れます。
さらに怖いのが「電池の液漏れ」です。古い電池を入れっぱなしにしたり、回路自体の劣化が進んだりすると、液漏れが発生して電子回路を腐食させてしまうトラブルが非常に多いです。回路交換が必要になると、部品代が高額になるか、最悪の場合は修理不可となることもあります。そのため、クォーツであっても4〜6年に一度は点検を兼ねたオーバーホールをおすすめしています。

2026年版時計のオーバーホールとは?費用と依頼先
ここからは、実際にオーバーホールを依頼する際の気になる「費用」と「依頼先」について、2026年時点の最新事情を交えて解説していきます。
近年、円安やスイスの人件費高騰、さらには部品原材料費の上昇により、時計業界全体のメンテナンス料金は上昇傾向にあります。適切な予算感を把握しておくことが大切です。
正規メーカーと修理専門店の違い
オーバーホールの依頼先は、大きく分けて「メーカー(正規カスタマーサービス)」と「民間修理専門店」の2つがあります。それぞれの特徴を理解し、ご自身の時計の状態や目的に合わせて選ぶのが賢い方法です。

| 比較項目 | メーカー正規修理 (Authorized) | 民間修理専門店 (Independent) |
|---|---|---|
| 料金目安 | 高額(厳格な基準により部品交換が多く発生しやすい) | リーズナブル(正規料金の50〜70%程度で済むことが多い) |
| 納期目安 | 1〜2ヶ月(スイス本国送りになると半年以上かかる場合も) | 2週間〜4週間(比較的スピーディーに対応可能) |
| メリット | 100%純正部品保証。「メーカー修理明細」が付くため安心感が最大。 | コストを抑えられる。メーカーで断られた古い時計も修理できる可能性がある。 |
| デメリット | とにかく費用が高く、納期も長い。外装研磨でケースが痩せることもある。 | 店舗によって技術力に大きな差がある。安すぎる店は品質に不安が残る。 |
「絶対にメーカーの保証書が欲しい」という方は正規店がおすすめですが、「できるだけ費用を抑えたい」「早く直して使いたい」という場合は、技術力の高い修理専門店を選ぶのがコストパフォーマンスに優れています。
正規店と専門店のより詳しい比較については、こちらの記事もあわせてご覧ください。
▶ 時計のオーバーホールはどこで?正規店と専門店の料金・選び方
主要ブランドの料金相場と価格動向
2026年現在、主要ブランドのオーバーホール料金は上昇を続けています。例えば、国産ブランドの雄であるセイコー(グランドセイコー含む)も、維持費の上昇に伴い修理料金の改定を行っています。ロレックスなどのスイスブランドも、為替の影響を受けて定期的に価格が見直されています。
以下は、あくまで目安としての料金相場(民間修理専門店に依頼した場合)です。メーカー正規料金は、これの約1.5倍〜2倍以上とお考えください。
- ロレックス(3針モデル):基本料金 35,000円〜65,000円程度 + 交換部品代
- ロレックス(クロノグラフ/デイトナ等):基本料金 50,000円〜85,000円程度 + 交換部品代
- オメガ(機械式/スピードマスター等):基本料金 45,000円〜75,000円程度 + 交換部品代
- 国産機械式時計(セイコー・オリエント等):基本料金 25,000円〜45,000円程度 + 交換部品代
特に製造終了から時間が経っているモデル(ポストヴィンテージなど)は、メーカーでは「部品保有期間終了」を理由に修理を断られるケースが増えています。そうした場合でも、独自のルートで部品を確保している専門店であれば対応できることがあります。
ブランドごとの詳細な相場については、以下の記事で解説しています。
▶ 時計のオーバーホールの値段・相場はどれくらいか?メーカーごとに解説
信頼できる修理業者の選び方と基準
民間修理店を利用する場合、最も重要なのは「技術力のある信頼できる店を選ぶこと」です。残念ながら、安さを売りにして雑な作業を行う業者も存在します。
大切な時計を預けるに値する業者を見極めるため、以下の3つの基準をチェックしてください。
①「時計修理技能士1級」の在籍と公開
国家資格である「時計修理技能士1級」は、実務経験と高度な実技試験をクリアした証です。ウェブサイト等で1級技能士が在籍し、実際に作業を担当することを明記している店舗は信頼性が高いと言えます。
② 見積もりの透明性
事前の見積もりが明確な店はトラブルも少ないです。
③ 保証期間(アフターサービス)
修理技術に自信があるお店は、必ず修理後の保証期間を設けています。通常、オーバーホール後には6ヶ月〜1年程度の動作保証が付くのが一般的です。万が一の不具合再発時に無償対応してくれる体制があるかを確認してください。
資産価値を守るための定期メンテナンス
ロレックスやパテック・フィリップなどの高級時計は、実用品であると同時に、資産としての側面も持っています。しっかりメンテナンスされていれば、購入時と同等、あるいはそれ以上の価格で売却できることも珍しくありません。
将来的に売却を検討する際、直近での正規修理明細や、信頼できる工房でのオーバーホール証明書(作業報告書)があると、メンテナンス履歴が明確になり、査定額がプラスになることが期待できます。逆に、ボロボロの状態で動かない時計や、内部が錆びついた時計は、ジャンク品として安く買い叩かれてしまいます。
「修理代がもったいない」と出し惜しみせず、定期的に手入れをしてコンディションを保つことが、結果的に資産価値を守り、トータルコストで見れば最も経済的な運用方法になると言えるでしょう。

注意点:DIY(自己修理)のリスク
インターネットの情報を参考に、ご自身で裏蓋を開けたり修理を試みたりするのは絶対におやめください。専用の設備がない環境で開けると埃が混入しますし、防水性が失われます。何より、ユーザーによる分解痕跡があると、メーカーでの修理受付を拒否される場合があり、資産価値が大きく損なわれる可能性があります。
まとめ:時計のオーバーホールとは寿命を延ばす鍵
時計のオーバーホールとは、単なる「掃除」ではなく、愛用の時計を次世代まで残すために不可欠な再生プロセスであり、資産価値を守るための投資です。
最後に、今回の記事の重要ポイントを振り返ります。
- オーバーホールは故障を防ぐ「予防医学」であり、修理とは異なる
- 機械式時計は3〜5年、クォーツ時計は4〜6年が実施の目安
- 放置すると内部部品が摩耗・腐食し、修理費用が高額になるリスクがある
- 信頼できる専門店(1級技能士在籍店)を選べば、コストを抑えて高品質な整備が可能
「そろそろ時期かな?」「最近ちょっと時間がズレるかも」「リューズの巻き心地が重くなった」……そんな違和感を感じたら、それは時計からのSOSサインかもしれません。大きな故障に繋がる前に、まずは一度プロの診断を受けてみることをおすすめします。

